文子のひとりごと

                  

「Oh My PaPa」 永遠の恋人に捧ぐ
願わくば花の下にて春死なむその如月の望月の頃  という
西行法師の歌を先月ひとりごとで取り上げたばかりでしたが・・・・・
父が文字通り、91才の生涯をやすらかに終えて旅立ちました
旧制中学を卒業した後、中国の北京に渡り満州鉄道の関連の専門学校で学び、青春時代を大陸で過ごした父は計り知れない広い心の持ち主でした。旅行好きで外交的な性格で、無類のお人好し・・・故郷香川を後にしたのもお人好しが災いして負債を抱えたからとか?
父との思い出の始まりは月光仮面の乗るようなオートバイの前タンクに私をまたがせて微笑む姿からです。幼い私の初旅行は父と行った横浜への汽車の旅、出不精の母の代わりに参観日に来てくれたり、兄妹3人を大阪城に連れて行ってくれて、三越や不二家で御馳走してくれたのも父でした。
夜逃げのようにして大阪に出てきたので本当に貧しかったのですが、本職以外に父は牛乳配達、母は新聞配達をして私達三人の子供を育ててくれました。
懸命に働いて、月に一度買ってくれた世界名作全集は三人の子供たちの宝物で、今も大切に24冊が古い本棚に残してあります。高級品のピアノも私のために買ってくれました・・・・高校生になっていましたが目を輝かせてバイエルから習い始めたのが昨日のことのようです。
旅行、カメラ、同窓会と手掛けることの多かった父が一番好きだったのは書道かもしれません。怪我をして入院する前月まで月に2回書道教室に電車で通いお仲間との親交を深めておりました。書道を通じての交際は第二の故郷中国にも拡がり、北京や上海の書家とも交遊がありました。
店に時々、顔を出しておりましたので父をご存じのお客様も多いと存じます。
生前のご厚情に感謝申し上げますとともに、もし叶いますならば皆様の心の中で冥福をお祈りくだされば不出来な娘としては身に余る光栄でございます。
今頃は俗世のしがらみから解き放たれて、青春の心と身体を取戻し、はるかな大陸の空へと遊覧していることでしょう・・
お父さん本当にありがとう!!
                         合掌

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