文子のひとりごと
       

桜の季節です・・・・・。「桜と云えば、西行さん」と言うほど西行法師は、桜の歌人として名を 馳せています。
西行法師は、奥吉野の金峯神社の近くに庵を結んで、三年間桜の園の中に埋もれるように暮らしたそうです。
有名な桜を詠んだ句が
願わくば花の下にて春死なむその如月の望月の頃
(解釈:願いが叶うならば、何とか桜の下で春に死にたいものだ。しかも草木の萌え出ずる如月の満月の頃がい い)
ですが、他にも吉野山の桜について、数多くの歌を詠んでいて、新古今集には、以下の三首が採られています。

よ し野山さくらが枝に雲散りて花おそげなる年にもあるかな
(解釈:吉野山の桜の枝に掛かっていた雲が散ってみれば、さっきまで、桜が咲いていたように見えたが、実は咲いてはいな かったのだ。花の咲くのが遅い年であることだなあ)

吉 野山去年(こぞ)のしをりの道かへてまだ見ぬかたの花を尋ねむ
(解釈:今年は去年尋ねた花を尋ねる道を換えてまだ見ていない辺りの花を探したいものだ)

ながむとて花にもいたく馴れぬれば散る別れこそ悲しかりけれ
(解釈:ずっと花を眺めているせいか、花に情が移ってしまい、花たちと散り分かれてゆくのが悲しく思われることだ)

桜は儚いが故に愛おしまれますが、また次の季節が巡ってくれば綺麗な花を咲かせるということを繰り返す生命力にも溢れています。
私達人間は残念ながら人生を一回しか生きることができません・・・・・
若いころには生きること、生きていることの重要性がわかりませんでした・・・・
残り時間が短くなって来て、やっとそのことに気付くのが、我々凡人なのかもしれません。
今からでも、遅くない!!残りの人生を悔いなく心豊かに大切に生きて参りましょう〜


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