文子のひとりごと
                           

 
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月は水無月、梅雨の季節で雨が多いのに水が無い月とは・・・・
これいかに?
「水無月」の由来は酷暑で日照りが続き、深山の水まで枯れつくすからという説と、水を田に注ぐ月の意から「水張り月」「水月」が転訛したという説があります。
風待月・松風月・鳴神月などという風雅な別名もあり、梅雨の鬱陶しいイメージを払拭してくれます。
異常気象の続くなかでも季節のいとなみはその底辺では揺るぐことなく営々と時を刻んでいるのかもしれません。
電力不足や節電、節電という声が姦しい中大自然は人々の愚かしさに苦笑しながらも必死に我が子の残した傷あとの修復に努めてくれているような気がします。
ちょうど、不良息子を嘆きながらも慈愛に満ちた目でみつめる父のような表情で・・・・・
 
     私たちは気づくべき時を迎えているのではないでしょうか?
 いつもいつも大きな存在だった自然、山や川、そして地球そのものも生きていて限界があることに・・・・・  
自分を振り返って、私も父に支えられて、今、こうして生きて働いている、しかしいつまでも支え続けてもらうには無理がある。父のうしろ姿をみていて、ふっと哀しみに似た切なさと愛おしさを感じる今日この頃です。

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